第7弾 高峯義人 美術監督
TVアニメ『炎炎ノ消防隊』に関わるスタッフのリレーインタビュー。
第7回は炎炎ノ消防隊の世界を創り上げた高峯さん。
「ボロい」第8特殊消防隊教会を見せたかった
――まずは原作を読んだときの第一印象について伺いたいです。美術監督という立場で、どういった部分に心惹かれましたか。
やっぱり、絵のデザイン性の高さに感動しましたね。ヒーロー漫画としての爽快感はあるのに、どこか不気味さが残る独特の雰囲気。特にシンラが戦闘シーンで悪魔のような姿を見せる描写は、ダークヒーロー感が格好良くて気に入っています。
――アニメ化に際して、デザインの部分で原作者の大久保先生と直接お話はされたのですか。
それが実は直接のやりとりは一度もしていないんですよ。完全に好きなようにさせていただいて。もちろん、世界観の格好いい部分を拾いながら作り込んでいきましたが、果たして原作の魅力をきちんと表現できているのだろうか……という不安はたしかにありましたね。
――原作の良さを活かした具体的な場面など、伺いたいです。
たとえば、第壱話でシンラが第8特殊消防教会に初めて出勤する場面がありますよね。教会の入り口で彼が「ボロい」とぼやく部分をアニメではもっとわかりやすく表現したかったので、古さを感じさせる配色にしたり、壁のはがれを入れたりしています。
――たしかにあのシーンは、観ている側も一目で「ボロい」と感じる場面でした。
ただ、一方で室内はあまりボロさを出さずに、落ち着いた配色にとどめています。また、事務所の事務机や天井に設置された青い羽根の扇風機などは、日本人にはどこか馴染みのある配色にしているんです。
といっても、色をつけたときはそこまで意識していなくて、単純に適した色で表現しているつもりでした。ただ、アニメとして見てみると、戦場から戻ってくる場所がホッとした雰囲気の空間になっていて、結果としてはいい配色になったなと感じている点ですね。
――第8特殊消防教会の美術はそんな効果も生み出していたのですね。他にも、美術監督として特に印象的だった場面や話数などはありますか?
どの回も印象的なので選ぶのが難しいですが……仕事の立場でいうと、ヴァルカンが登場した第拾伍話ですかね。
――それはやはり、あのヴァルカンの工房の内外にある機械ゆえ、ですか。
背景の情報量だけでいえば、おそらくシーズンの中で最も多い回だと思います。無数のガラクタは、もう忍耐ですね。
落ち着いた配色の中で、パイプの色にはこだわりの真鍮を
――本作は、第壱話の冒頭から壮大な街並みの景色に圧倒されました。具体的に『壱ノ章』の美術制作がどのように行われていったのか知りたいです。
ありがとうございます。あの場面は、八瀬祐樹監督との打ち合わせ時に「落ち着いた配色で色は少なめにしたい」といお話があったんです。全体的に、監督の中では色のイメージがはっきりとできていたようでした。原作のスチームパンクな世界観と、どこか昭和レトロな雰囲気。監督の中の配色のイメージをヒントに何度かやり取りをしながら、本作における「配色の決まりごと」のようなものもできていきました。
ただ、落ち着いた色を基調にしつつも、ポイントになる色は目立たせたかったので、この作品の特徴でもある建物についているパイプ類などは、色を少し工夫しています。具体的には、金属でもイエローゴールドのような色味のある真鍮に設定して、素材を活かすことで、なるべく地味にならないようにしているんです。
――たしかに作中は落ち着いた雰囲気がありながらも、ディテールには存在感のある背景が多く配された印象です。少ない色数で表現すること自体にもどかしさなどはありましたか?
いえ、そこはもともとシリーズという限られた時間の中で、絵にかけられる労力や時間は限られていますから。原作の設定を活かしつつ、美術設定の段階ではできるだけ細かい部分の要素を削ぎ落としてもらっているんです。たとえば、第8特殊消防教会の事務室や大隊長の部屋は原作よりもシンプルになっていたりします。
――他にも、原作とは異なり、美術の工夫や変更した部分などはありますか?
第壱話の冒頭で、主人公のシンラが田端駅のホームで焰ビトや第8特殊消防隊と出会うシーンがありますよね。これは監督のこだわりなのですが、作中に出て来る現代にも存在する場所は、実際にそのフィールドをモチーフに作っている場面がいくつかあり、この駅のホームもまさにそうなんです。屋根や鉄骨部分が武骨で特徴的なデザインになっていて面白い駅です。
――どのようにアレンジしていったのですか?
まずは八瀬監督が撮ってきた写真をもとに、世界観に合わせて配色を変えたり、原作の要素を少しずつ取り入れながら調整していきます。個人的には面白くて気に入っているデザインなのですが、ホーム同士が鉄骨でつながっているために辻褄を合わせるのには苦労しましたね……。
原作の世界観に忠実に、アニメだからこその背景を
――『壱ノ章』の制作が始まる際に美術面で苦心した点などはありましたか。
色も含めて、作品の世界観をスタッフと共有することに苦心しましたね。本作は、日常系のアニメなどと違って、現実に存在する資料はほとんどありません。パイプなどの部分的な資料はありますが、大半の部分は絵を見て理解してもらうしかない。
――ファンタジー作品ならではの苦労ですね。
そうですね。加えてアニメの背景は実写やCGと違って、基本が絵なので「アニメ背景」としてデザインにまとめる苦労もあります。世界観がはっきりしている作品であればなおさら、その世界観を壊さないようにアニメの絵として立ち上げていかないといけない。これは作品に対する理解度なども必要ですし、打ち合わせを何度も行なっていく中で固まってくるものでもあります。決して一人では完結しないのが面白いところですね。
――人が増えれば増えるほど、世界観の共有や確立は難しくなってくるような気がしますが、そういうわけではないんですね。
これはアニメというひとつの作品を、たくさんの人たちが協力して完成させていくプロセスで見えてくることですが、背景って自分ひとりの絵で作ってもつまらないんですよ。
それは「自分の絵は自分がよくわかっているから」という話でもあるけれど、そもそもひとりの発想には限界があって、どこかで見たような背景にしかならないんですね。その作品を、原作の世界観を大事にしながら「アニメだからこそ」生まれる背景も考えていかないといけない。
そのためには、自分以外のスタッフと意見を出し合って、アイデアを共有することが必要不可欠なんです。今回の美術面でも話し合いの中で刺激されて、デザインのアイデアなども仕上がっていきました。
本作独自の「カット合わせ」のこだわり
――『壱ノ章』の放送が終わって、反響はいかがでしたか。
とてもたくさんの方々に観ていただいて、率直に嬉しかったです。原作自体がとても人気ですし、内容も素晴らしいので、人気は出るだろうとは確信していました。ただ、その反響の中で、背景にも注目していただいて、その上で評価をされたことは驚きでしたし、誇りに思いましたね。こだわっていた色にも具体的に言及いただいて、美術監督としての手応えを感じた瞬間でした。
――ファンの方々が細かい部分まで見てくれているのは嬉しいですね。逆に「ここも注目してほしかったな」といった美術面のこだわりや注力していたポイントはありましたか。
これはマニアックなお話になってしまうのですが、この作品特有の見せ方に「カットの合わせ方」があります。美術に限らず、監督や演出の方もこだわっている点で、セリフの内容やその場の雰囲気で、影の切り方や光源をシーンの中で自由に変えているんですよ。
――具体的にどういうことでしょう。
美術の立場でいえば、通常はシーンの中の合わせを意識して絵を考えていきます。ストーリーとしてなめらかにつながるようにカットの絵を組み合わせていくんですね。ただ、本作はセリフの内容やシーンの緊張感に合わせて、前後のカットを気にせずに見せたい絵を作っています。
これは私も初めての経験でしたが、刺激的で面白かったです。各話でこういった絵の見せ方を散りばめているので、そこに注目していただけるとより楽しめるのではないかなと思います。
――絵の見せ方にもこだわりがあったのですね。そのような演出のコンセプトや色の世界観など『壱ノ章』ですでに確立されていると思うのですが、美術監督として、来たる『弐ノ章』で楽しみにしていることや新たに挑戦したいことなどがあれば伺いたいです。
監督も『壱ノ章』の雰囲気を大事にしてくださっているので、『弐ノ章』で美術の基本的なコンセプトが大きく変わるということはありません。ただ、これから物語が進み、新しいシーンがたくさん出てきます。そこを表現していけることに、とてもワクワクしています。この壮大なスケールの世界観を美術面で盛り上げていきたいですね。